プロローグ

 

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 通り魔と言うのはまあ、日本で一年生きてればどっかで起きた事実としてニュースで見ることがある。実際に通り魔の犠牲者になる確率を計算した人がいるのかどうか知らないが、一説には飛行機事故に会うより低確率らしい。少なくとも自動車事故で死ぬ確率よりは圧倒的に低いだろう。
 で、そんな通り魔事件でも全く見ず知らずの相手に明確な殺意を持って殺されるというのはどれくらいの確率なんだろう?
 そんなことを今際(いまわ)の際(きわ)に考えているくらいには、すでにオレの頭はどうかしていた。
「が……がふっ……」
 喉から血を伴った泡が出る。
 出会い頭に頸動脈を一閃。呆気にとられて立ち尽くすオレに頭突きを食らわしたパーカーの女は、そのあと馬乗りになってお腹とか心臓をこう、何度も何度も。
 そんなに刺さなくったって死ぬって。霞む視界で最後に見たのは、笑顔でオレを刺し続ける端正な顔をした銀髪の女の姿だった。瞳は暗い赤色。大よそ現実離れした容貌だ。
 普通だったら「抱きたいなぁ」とでも思うのだろうか。だがその時のオレはそんなこと露も思わなかった。

 ああ、酒飲みたかったなぁ……。

 それが齢二十になったばかり、わくわく気分でスーパーでお酒を買って人生初の飲酒を夢見ていたら白昼堂々刺された男の、日本における最後の思考だった。

 なんでそんなのんびりしているかって?
 それはまあ、よく分からん場所に転送されたからだ。生前漫画やアニメ、ラノベは読み漁っていたが、まさか本当に死んだらこんな場所に送られることがあるとは思わなかった。
 これはあれか? 異世界転生して次の人生楽しんでね、ってやつか?
「その通りです」
 ナチュラルに思考を読んだらしい。
 仰向けで寝転がっていたオレの頭上に、綺麗な銀髪をした女の満面の笑顔がいきなり広がった。と言っても子供っぽさとはかけ離れた、大人らしい落ち着きのある顔立ちだ。イメージとしては、若妻。ただしどことなく高貴な雰囲気を感じる。
 背中を曲げてこちらを覗き込むような姿勢のため、重力に従って頭の両サイドの髪がこちらに垂れ下がっている。わき腹の辺りからも滑らかな銀糸の髪が覗いているため、相当に長い髪を有しているらしい。
 ……って。
「てめぇ! さっきの女じゃねぇか!」
 がばっと身を起こし、立ち上がって距離を取る。ふー、ふー、と威嚇するように鼻息荒く身構え、全身全霊を持って警戒を重ねた。
「そうですよ。ああ、その恰好いいですね。なんだか襲われる刹那の何秒前っていう感じで、私ぞくぞくしちゃいます」
 そう言って両腕で自らの身体を抱きしめ、恍惚とした表情をする女。っていうか多分女神様とかそういう感じの高貴なお方。どう見ても変態だが。
 だがそんな変態の言葉に遺憾ながら僅かに耳を傾け、意識はそちらに集中した状態で己の状態を見てみる。
 裸だ。
 なるほど、確かに傍目には綺麗な婦人を毒牙にかけようとする蛮族のように見えるだろう。いや、この場合は出会い頭に陰部を見せつける変質者に近いか。
「とりあえず自己紹介とかそういうのは後でするので、ちゃちゃっと私を抱いてくれません?」
 なんだそりゃ。
 だが言うが早いか、女神様は天女のような服を慣れた様子で脱いでいく。思わず目を逸らしたが、しゅるしゅるという衣擦れの音が耳朶を打って居心地が悪い。というか童貞のオレには、どうしたっていけない想像をしてしまって興奮が抑えられない。
 愚息がむくりと鎌首をあげた。
「さあ、そんな方向を向いていないで。こっちを向いてくださいよ」
 悔しいので、意地で身体を反転させ、ぎゅうっと目を閉じる。
「あらら……いけない子ですね」
 いけないことをしているのはどっちなんだ。
 そう言いたいのをぐっとこらえ、意固地になって目を閉じる。
 だがそのうち、背中から暖かいものが伝わった。
「うおっ……」
 女神様が後ろからオレを抱きしめている。豊満らしい胸の感触が背中に広がり、オレの腋の下を通った片腕には力が込められていて上半身を密着させていた。もう片方の手は脇腹の辺りからオレの下半身に伸び、硬くなってしまっている肉棒に優しく添えられる。
「ほら、ここはもうこんなに硬くなって……」
 耳元で息を吹きかけながらそんなことを言われたら、もう限界だった。
 ガバッと振り返り、後は獣のように美しい肢体に襲いかかる。なにせこちらは童貞だ。こうなってしまったら、もう後は相手のことなど顧みずに貪ることしかできなかった。
 女神様が処女だったと気づいたのも、懇願されつつ中出し固めを喰らって呆気なく放出された白濁液が、最後秘裂から滲み出す時に赤く染まっているのを見た時という情けなさ。
 そう言えば、挿れた瞬間だけ僅かに顔を歪めていた気がする。アレだけ淫らに誘っておいて処女というのは、詐欺みたいなものではなかろうか。オレは悪くない。
 そんな現実逃避をしていると、未だ仰向けで寝転んだままの女神様が声をかけてくる。
「男として最後の射精、満足のいくものでした?」
「ああ、最高だ……え?」
 最高だった、と言いかけて、変な言い回しに気がついた。
「待て、最後ってどういう……」
「契約は完了です。さあ、生まれ変わってください」
 オレの疑問に答えることなく、女神様が薄く笑う。
 強烈に嫌な予感がした。その感覚が嘘ではないと証明するように、ドクン、と一回心臓が大きく跳ねる。
「が……あ……っ!? なんだ……これ……」
 体が熱い。下手をすれば湯気でも出ているんじゃないかと錯覚するほどに、痛みにも似た焼け付くような迸りが全身を駆け巡っている。
「ぐ……う……」
 とても立っていられない。
 どういう材質なのかも分からない透明感のある青い床に倒れ込み、呼吸困難に陥った重症患者のようにのたうち回る。子供になったりしないだろうな。
「が、あ……うああああああっ!」
 最後に一回心臓が大きく鳴り、それで身体の熱は収まった。
 だがしばらくは動けない。かひゅー、かひゅーと掠れた息を吐き出し、どうにか落ち着くまで耐える。
「お水飲みます?」
 そんなオレを見下ろしながら、女神様が水の入ったコップを差し出してきた。
 どういう理屈でどこから持ってきた水か知らないが、乾いた体にはありがたい。
「あ、ああ……ありがとう」
 救いに縋るように上半身を持ち上げて妙にキーの高い声を上げ、ごくごくと水を飲み干す。相応の量があったはずだが、すぐに全てなくなってしまった。
「あー、楽になった……」
 やはり水の力というのは素晴らしい。人間の半分以上は水でできているし、ただの水でもやっぱり体が潤う。
「女神の加護つきですから、効果抜群のはずですよ」
 あ、ただの水じゃなかった。
 だがまあどうでもいい。立ち上がれそうだったので立ち上がって、女神様にコップを返す。身長はオレよりも相当高く、だいたい頭一つかそれ以上くらい上。オレの身長が百八十センチちょい下なので、こいつずいぶんでか……。
「……おい。まさか」
 こんなところで、色んなお話を読んできたことが役に立つとは思わなかった。このパターンはアレだ。オレが縮んでる、というやつ。
 実際日本で刺された時、こいつの身長はオレより下だった。パーカーを頭から被って怪しいやつだなぁ、と思いながらすれ違おうとしたんだから間違いない。
 それと、さっきから気になっている妙に高い声だ。恐る恐る下を見ると、案の定な結果が待ち構えていた。
「おめでとうございます! アカネさんは女の子に進化しました!」
「……それは変身って言わないか」
「ああ、そうとも言いますね」
「そうとしか言わねえよ!」
 頭痛を堪えるように額を押さえ、けれどすぐに己の状態を確認してゆく。ちなみにアカネというのはオレの名字だ。この際これを名前にしてしまおう。
 元々それほど筋肉があったわけではないが、それを鑑みても硬さを失ってぷにぷにとした柔らかさを持つ二の腕やお腹周り、太腿にふくらはぎ。特段肉が余っているわけではないので、女の子の体と言うのはそういうものなのだろう。
 それから胸だが、こちらはまあ、残念な感じだった。というかどう見ても子供の体躯なので、大きい方がむしろ変だろう。つるぺた……と言うことはなく、触ってみると僅かに柔らかいふくらみがあるのが分かる。
 なんとなく気になって秘裂の方を見てみると、子供らしい綺麗な花弁が広がっていた。いや、花弁と言うよりはつぼみだな。綺麗な筋が見えて、陰毛はない。
「鏡見てみます?」
 女神様がどこからともなく取り出した少し大きめの手鏡を受け取り、まじまじと顔を見てみる。驚いたことに金髪で、長さは肩下くらいのふんわりストレート。僅かに毛先がロールしているので、先端だけ真下を向かずに逸れている。瞳の色はコバルトブルー。年齢は、どれくらいだろう。顔立ちだけなら十……十二……くらいか? 身長はどうやら百二十センチくらい。
 それにしてもなんというか、写真から切り取ってきたみたいな端正な顔立ちだ。男だった時の面影などありはしない。
「ずいぶん綺麗な体だな」
「神の一族になったんです。当然じゃないですか」
「へー」
 適当に聞き流……せるか!
「どういう意味だ!」
 胸ぐらを掴む勢いで飛びかかったオレの頭に手を当てて距離を確保する女神様。子供と大人なのだから体格差が相当で、軽く片手であしらわれてしまう。
「女神の処女を奪って中出し決めたんですよ? そりゃ相応の結果をもたらすに決まってるじゃないですか」
 目の前がぐらぐらと揺れた。確かに言葉面だけを掴めば、むしろバチが当たっても文句は言えないくらいの所業だ。
 その女神様が殺人事件の加害者であり、扇情的に童貞を弄んで中出し固めを食らわせたという部分は、はたして情状酌量余地に入るんだろうか。
「……なあ、これってどういう状況なわけ? いい加減名前くらい教えてくれてもいいんじゃないか?」
 いろいろなことが頭が混乱しているが、ともかく一旦落ち着くしか無い。パターンとしてオレは日本には帰れないだろうし、神様になったというのが本当なら、まあ悪い話でもないだろう。
「ああ、そうでした。私の名前はアイリス。これでも希望を司る、そこそこ強力な女神なんですよ?」
 アイリスって、女神なのにずいぶん普通の名前なんだな……。と思ったが、そう言えば昔親が花屋の知り合いが言っていた気がする。アイリスは菖蒲の英語読みで、その語源はギリシャ語の虹。花言葉は吉報や希望――なるほど、希望を司る女神様か。
「よく知ってますね……」
 だからナチュラルに心を読むな。
 だが驚いたのは本当らしい。目を丸くして口に手を当てている。
「まあ、だいたいあなたの想像通りですよ。これから剣と魔法の世界に女の子として転生して……」
 ほう。ということはアレか? チートとか貰って無双できるってことか?
「そのか弱い身体を何人もの男に蹂躙されて魔物とか触手に犯されて……」
「待て待て待て待て待て!」
 だが続く不穏な言葉にオレは思わず待ったをかけた。
「なんです?」
 きょとんとする女神様。
「おかしいだろ! そこはチートを貰って無双するもんじゃないのか!?」
「すでに神の身体になっといて何言ってるんですか」
 うぐ。
「それにアカネさんこそ、TSモノの王道なんてよく知ってるでしょう……?」
「……いや、おい、まさか」
「もちろんメス堕ちの快楽堕ちです。さあ、私と一緒に肉欲に溺れた生活を満喫しましょう!」
 きらきらと輝いた顔でオレの両手を握っておぞましいことを言ったかと思うと、オレたち二人の体が床に生じた円陣から発した青白い光に包み込まれた。
 あっ、と言う間もなく。
 オレと女神様はこの謎の空間から旅立ち、こうして二人の珍道中が始まることになったのである。

 

 

 

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えろんのかんづめ